「脳の可塑性(かそせい)」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?
脳梗塞などで神経細胞が死んでしまっても、リハビリなどの脳への刺激によって脳細胞の配列が変化し、損傷していない部位が壊死した細胞が担っていた機能を代替することで運動機能が回復するという理論です。
今回は、その可塑性によって普通の生活ができるようになったてっちゃん君をご紹介します。
小脳と脳幹が低形成
6匹の元保護犬トイプードルとともに仕事で全国を転々としながら暮らす飼い主さんのもとに、トイプードルのてっちゃんがやってきたのは去年末の1歳5か月の頃。
元々ブリーダー放棄の保護犬で、チック症状とてんかん発作を繰り返す為、生後数か月で保護団体に引き取られました。そして詳しい検査を行ったところ、小脳と脳幹の低形成が発見されたのです。
性格が穏やかで見た目も可愛らしかったので里親希望者も少なくありませんでした。しかし「病気持ちのコのお世話が苦にならず、沢山の同居犬に囲まれた賑やかな環境を用意してくれる方にお願いしたい」との団体スタッフからの依頼で引き取られたのでした。
新生活はじまる
お家にやってきたときは目が見えず、歩く足取りもおぼつかない様子で、トイレのしつけも無理だろうといわれていました。
しかし、そこは沢山の保護犬を引き取ってきた飼い主さん!
「うちではみんなと一緒に過ごしてもらうから~」
と、他の同居犬と一緒に過ごし、長時間の車移動もこなす生活をはじめました。そして、少しでもできることがあるならと、糖尿病で通う同居犬とともにキュティアを訪れたのでした。
東洋医学の治療としては
東洋医学では、生まれつき障がいを持っていることを「生まれ持ってくるエネルギー=先天の精」が少なく、先天の精を蔵する「腎」が弱いととらえます。
そして、「腎」が弱いことで母と子の関係にある「肝」の陰気を補うことができず、「肝の熱」が暴走してしまいチックやてんかん症状が起きてしまっていることになります。強いてんかん症状がある場合、鍼灸治療だけでなく漢方薬も併用していくのが望ましいのです。
しかし、てっちゃんは食べムラがある上に目が見えない分匂いに敏感なので、ごく少量ですむ赤ちゃん用の「疳の虫」の薬と、夜間だけはてんかんを抑える薬を服用してもらいました。その上で「補腎」の処方に脳の血流改善にも効果のあるツボを加えた鍼灸治療を行うことにしました。
先々の変化が楽しみ
初めて来院したときにはぼんやりと疲れ切った顔をして、ぐんにゃりと飼い主さんに甘えていたてっちゃんですが、来院のたびに顔つきがしっかりとし、調子よく歩いて、お庭でトイレもできるようになったり、自己主張するようになってきました。
そして、なにより驚いたことに「脳の神経が機能していないから見えない」といわれていた目まで見えるようになってきたのです!☆
同居犬達との日常生活がリハビリに
脳梗塞などの場合、脳の可塑性を発現させるためには、麻痺している側の手足のリハビリが必要になります。
てっちゃんの場合は飼い主さんが「この子は何もできないから・・・」とあきらめることなく日常生活を送らせ、同居犬達の中で楽しく過ごしていたことがリハビリにつながったのだと思います。
そして、鍼灸治療の本質である「生き物の本来持つ力をしっかりと発揮するための手助け」をする効果も後押しになった…かな?
お家に来てからどんどん目まぐるしい成長をみせて周囲を驚かせているてっちゃん。今度はどんな変化を起こすのか、とても楽しみです。
それではハッピードッグライフ♪
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獣医師 横山恵理