胃酸はどのように作用する
シニア犬になると食べ物を消化し栄養を吸収する力も衰えてきます。そして、その消化に欠かせないのが胃酸。そこで今回はシニア犬にとっても大切な胃酸に注目してみましょう。
犬の胃酸は人より強い!?
胃酸は胃壁から分泌される消化液で、塩酸と消化酵素のペプシノゲンからできています。胃酸は主にタンパク質の分解やビタミン、ミネラルの消化吸収を担っています。また、酸により細菌やウイルスなどの感染力を弱める働きもあります。
犬は人と比べて胃酸の働きが強いと言われています。空腹時の胃酸のpHは犬と人とであまり違いはなく1.5~1.7程度と言われていますが、食事中は人のphが約5.0とややアルカリ性に傾くのに対し、犬は約2.1と強酸性状態が続きます。
というのも、犬の祖先であるオオカミは獲物を生のまま食べたり、時間が経って腐敗した肉を食べたりしていたため胃酸の働きが強くなったと考えられています。そのため空腹時間が長いと胃液を吐いてしまったりすることがあります。
また、ヨーグルトや乳酸菌のサプリメントを与えても胃酸で死滅してしまい、腸まで届きにくいと言われています。
シニア犬に胃薬を長期投与する危険性
強力な胃酸はその分泌バランスが重要です。その胃酸の働きがお薬によって抑制されることで体重減少や消化不良を起こしてしまった2つの症例です。
先日来院された17歳トイプードルの女のコは昨年秋頃から消化器症状を繰り返していて、逆流性食道炎や膵炎の時に使用する蛋白分解酵素阻害薬(=胃のペプシンの働きを阻害する薬)をずっと飲んでいました。
シニア犬でも食欲があり、すごくよく食べるのに最近どんどん痩せてきて、全身特に足先など末端の毛が薄くなり、背中も丸まり歩行もスムーズでなくなってきたそう。消化器症状が続いていたので脾胃の弱りから肌肉が痩せてきているのももちろんありますが、蛋白分解酵素阻害薬の長期投与によりタンパク質が分解されず、長期にわたり吸収されていないことが要因になっているのではないかと考えられます。
今は吐き気も落ち着いているので脾胃の調子を整える漢方薬を合わせて治療をしていくことをおすすめしました。
また、腎臓の数値が悪化し食欲がなくなってしまったシニア犬MIX 14歳の女の子のケース。点滴でなかなか数値が良くならず、食欲がない=吐き気があると嘔吐中枢に作用するセレニアと胃酸の分泌を抑えるファモチジンの注射を毎日打っていました。
飼い主様は痩せて体力が落ちないようにとなんとか食べてくれる物を少しずつ与えていました。すると緑色の便をするようになってしまったようです。
これは胃酸分泌を抑制したため消化不良を起こしてしまったのだと思います。1日に何回も吐く、毎日嘔吐をするなどといった場合は胃酸の分泌を抑えることも必要ですが、嘔吐がないのに胃酸分泌抑制剤を使うと逆に胃腸の働きが悪くなってしまう可能性もありますのでシニア犬の場合は慎重に使用する必要があります。
シニア犬の低胃酸は要注意!
前述の17歳トイプードルとMIX犬14歳の症例以外にも、胃酸分泌の抑制や低下が胃の働きにいろいろな影響を及ぼしていることが多々あります。もう少し掘り下げて考えてみましょう。
胃酸が少なくなってしまうと
消化にも感染症予防にも大切な胃酸ですが、シニア犬になるとともに分泌量は低下すると言われています。また自律神経のバランスが乱れた時にも低下します。特に緊張している時やストレス、気圧の変動などにより交換神経が優位になっていると消化機能が低下してしまいます。
生理的な減少の他に、お薬によって少なくなっていることもあります。シニア犬になると様々な薬が処方され、薬の副作用の軽減のために胃薬が長期処方されるケースも多くみられます。また、吐き気を伴う膵炎や腎不全などの病気で胃薬が処方され、症状が良くなってからも念のためとずっと胃薬が処方されているケースもあります。この胃薬の中には胃酸の分泌を抑える胃酸分泌抑制剤や胃酸を中和する制酸剤が使われている場合もあるのです。
では、胃酸の分泌が少なくなったり、長期にわたり抑制されるとどうなってしまうのでしょうか。胃酸の分泌が少なくなると特にタンパク質、ビタミンB12、鉄、亜鉛、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルが吸収されにくくなります。
大きな塊のタンパク質は胃酸によって変化したペプシンによりアミノ酸に分解されます。大きな塊のままだと消化、吸収されないので栄養不足になり、筋肉が痩せてきて、毛が抜けてしまったりパサパサになってしまいます。また赤血球に含まれているヘモグロビンもタンパク質からできているため貧血の原因にもなります。
ビタミンB12は神経の修復にとても大事な栄養素であるため、不足すると四肢の麻痺が起きたりや脳神経の働きが低下します。その他にもカルシウム不足により骨が弱くなったり、亜鉛の不足で皮膚がカサカサになったり、鉄欠乏により貧血になったりもします。
逆流性食道炎も低胃酸が原因の可能性も?
シニア犬になると胃酸の逆流が起りやすくなります。胃酸が逆流することで食道の粘膜が傷ついてしまう逆流性食道炎も実は胃酸の分泌の低下から起きている可能性もあるのです。胃酸が少ないと、食べ物の消化に時間がかかり胃の中に停滞する時間が長くなります。そのため時間の経過とともに食道と胃の間の筋肉がゆるみ胃の内容物が食道へ逆流してしまい炎症を起こしてしまいます。
胃酸過多の時のような強い酸ではないのですが、食道は少しの酸でも傷ついてしまいます。この場合は逆流性食道炎の治療に良く使用される胃酸分泌抑制剤や制酸剤を飲んでしまうと悪循環に陥ってしまいます。もちろん、胃酸過多でなる逆流性食道炎もあるので、どちらが原因なのか見極める必要があります。
低胃酸を東洋医学で捉えると
当クリニックは東洋医学を専門としていますので、最後に低胃酸について東洋医学の視点から簡単に触れさせていただきますね。
胃粘膜から分泌される胃酸が低下している状態を東洋医学では胃の陰が不足している状態ととらえます。胃陰虚(いいんきょ)で見られる症状は、
・のどや口の渇き
・よだれが少なくなる
・胃痛
・胸やけ
・げっぷ
・しゃっくり
・お腹が空くのに食べられない
などが特徴です。
胃陰虚の状態では食物の栄養の吸収はもちろんのこと、サプリメントや漢方薬の吸収力も低下してしまいます。胃陰虚の場合、漢方薬は陰を補う滋陰潤燥薬(じいんじゅんそうやく)を使用します。
胃陰を補う薬膳的な食材としては小松菜、白きくらげ、白ごま、豚肉、卵、牛乳などがあります。また胃酸が少なくなっている場合はお酢(犬は嫌うことも多いので1~2滴でもOK)や梅をとるのも良いとされています。
低胃酸症に当てはまる症状がある場合も自己の判断で「急にお薬を休薬するのは危険」な場合もあるため、必ずかかりつけの先生に相談をしてみましょう。
それではハッピードックライフ♪
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獣医師 佐々木 彩子