Vol.154

愛犬を診察せずに漢方薬が処方できない理由

公開日:2025.09.30
愛犬を診察せずに漢方薬は処方できない

病名治療ではない漢方薬治療

「遠くて通院はできないけど漢方薬だけ処方してもらえないでしょうか」といったお問合せをいただくことがしばしばあります。その際は、漢方薬は病名で処方することは難しく、必ずそのコの状態「証」を診ないと処方できないとお伝えしています。同じ病気でも違った漢方薬が必要なこともあるからです。

治病求本(ちびょうきゅうほん)

病には見かけの症状=「標」と、その下に隠れている症状とがあります。病を引き起こした本当の原因=「本」を探し当てて治療することを治病求本と言います。

例えば、腰の痛みがある場合、西洋医学では消炎鎮痛剤を処方して表に現れている症状に対処します。東洋医学では「本」である痛みの原因を四診によって探ります。気の滞りによる痛みなのか、寒邪による痛みなのかによって使うツボや処方する漢方薬も変わってくるのです。

治療の原則として、急性症状の「標」をまず治療して苦痛を取り除いてあげることはとても重要なので、キュティアでも西洋薬を使用することもあります。しかし、それと同時にその症状がなぜ起こったのか「本」も治療していく必要があるのです。

黒ラブは腰が痛くなると消炎鎮痛剤を使っていました

冷えているのに消炎鎮痛剤を使い続けると

もうすぐ15歳になる黒ラブのバンビくんは、若い頃から半年に1回位腰が痛くなってしまい、その度に痛み止めを使っていました。いつもオスワリやフセの時も足は横に投げ出していたそうです。2017年2月1日(当時6歳)立ったまま震えて座ることもできず、動けなくなってしまいました。痛み止めをしばらく使っても良くならないと2月17日にキュティアに来院されました。

痛みが出たのはとても寒い日でした。寒邪による痛みなのに、消炎鎮痛剤を使ったことで余計に身体が冷えてしまい症状がなかなか良くならなかったのです。鍼灸治療で灸や火鍼でしっかりと温め、気を動かしやすくすると直後から歩けるようになりました。
長く歩くと痛みがでることもありましたが次第に筋肉もしっかりとついてきて、定期的にケアすることで15歳になる今も自分の足で歩いています。

同病異治(どうびょういち)

同じ病気でも治療法が異なることを同病異治といいます。

例えば老犬でよくみられる「下痢」も原因は様々です。冷えによる下痢もあれば湿熱による下痢もあります。また、脾胃虚弱による下痢ではなく、肝気が鬱滞して脾の働きが悪くなって起こる下痢(ストレス性の下痢)や腎陽が衰えることにより水穀を腐熟することができずに下痢をすることもあります。

同じ「下痢」という症状でもこの症状が起こっている原因や証を診なければ適切な漢方薬を処方することはできません。

季節だけで漢方薬を選ぶのもNG

真夏なのに温める漢方薬??

シニア犬や老犬によくみられる「のぼせ」。ハァハァしていて、冷たい床を好んで寝ていて舌が紅いなどの症状がみられます。しかし、暑がっているという症状だけで熱を冷ます漢方薬を処方してしまうとどうなってしまうでしょう?ハァハァしているけれど、よく診察すると足先は冷えている。この場合は清熱のみの治療をすると逆効果になってしまうこともあります。足先が冷えている冷えのぼせは腎虚の症状です。この場合は清熱薬よりも補腎の漢方薬の方が効果的なこともあります。

今年は記録的猛暑でお散歩になかなか行けず、ずっとクーラーの効いた室内にいたコも多かったのではないでしょうか。特に大型犬で多かったのですが、クーラーの風が一番よくあたる冷たい床で寝ていて腰がかたくなってしまっているコがたくさんいました。真夏なのに大防風湯という体を温めて痛みを緩和する漢方薬や腎陽を補い温める八味地黄丸などを処方するコもいました。

エアコンは身体の芯から冷やしてしまいます先程登場したバンビくんも、冷えやすい体質なのに一番涼しいエアコンの真下に寝てしまっていたため、温めて水分代謝を良くして、筋肉や骨を栄養してくれる牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)という漢方薬を飲んでもらいました。暖かい季節にはあまり使わない漢方薬なのですが、エアコンは身体の芯から冷やしてしまうことを実感しました。

今年は身体の渇きにも注意

梅雨入り前から暑い日が多かったため、身体の中の陽気が盛んになり陰が不足しがちです。例年、夏の間は五苓散などの水の代謝を良くする利水の漢方薬をよく使うのですが、今年は8月から脾陰や腎陰を補う漢方薬が必要なコが本当に多いです。陰が不足している状態で乾燥する秋がやってくるので、身体の渇きにも注意が必要です。また、陰虚になるとのぼせ症状もひどくなるので、漢方薬や食養生で対処していきましょう。

病名や季節にとらわれずに、今身体で起きていること「証」を四診によってしっかりと見極めることが鍼灸治療や漢方薬の処方においてとても大切です。

キュティア老犬クリニックでは季節ごとに必要な食養生やお家ケアをお伝えしているのでお気軽にご相談ください♪

それではハッピードッグライフ♪

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キュティア老犬クリニック
獣医師 佐々木 彩子
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